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東京地方裁判所 昭和51年(行ウ)130号 判決

原告

山川花子(仮名)

右訴訟代理人

尾崎純理

外一一名

被告

東京拘置所長

被告

右代表者法務大臣

瀬戸山三男

被告両名指定代理人

野崎悦宏

外六名

主文

1  原告の被告東京拘置所長に対する訴えを却下する。

2  原告の被告国に対する請求を棄却する。

3  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  原告

1  被告東京拘置所長が昭和五一年六月二九日原告に差し入れられた小野清一郎=朝倉京一共著「改訂監獄法」(有斐閣発行)のうち、別紙目録記載部分を抹消した処分を取り消す。

2  被告国は原告に対し、金六〇万円及び内金五〇万円については昭和五一年六月二九日から、内金一〇万円については昭和五一年九月一九日から支払済まで年五分の割合による金員を支払え。

3  訴訟費用は被告らの負担とする。

との判決及び第二項につき仮執行の宣言

二  被告東京拘置所長

(本案前の申立て)

主文第一、第三項と同旨の判決

(本案についての申立て)

1 原告の被告東京拘置所長に対する請求を棄却する。

2 訴訟費用は原告の負担とする。

との判決

三  被告国

主文第二、第三項と同旨の判決及び仮執行免脱の宣言

第二  当事者の主張

一  請求の原因

1  原告は、刑事被告人として東京拘置所に在監中の者である。

訴外小田肇康は、昭和五一年六月二九日原告の依頼により小野清一郎=朝倉京一共著「改訂監獄法」(昭和四九年九月三〇日有斐閣発行)一冊(以下「本件図書」という。)を原告に差し入れたところ、被告東京拘置所長(以下「被告拘置所長」という。)は本件図書について別紙目録記載の(1)ないし(4)の箇所(以下「目録の(1)ないし(4)」との箇所」という。)を抹消して、右図書を原告に交付した。

2  しかしながら、被告拘置所長が本件図書についてした右抹消処分(以下「本件抹消処分」という。)は違憲・違法である。

(一) 刑事被告人である原告は、身柄の確保及び罪証隠滅行為の防止の目的で身柄を拘束されているものであるから右目的による制限を受けるほか、憲法が国民に保障する基本的人権のすべてを享有するものであるところ、刑事被告人の身柄の確保及び罪証隠滅の防止という目的のためであることが明白な場合とはいえないのにされた本件抹消処分は、憲法第一九条、第二一条に違反する。

(二) 本件図書は監獄法及びその関係法令を解説した学術専門書であり、目録の(1)ないし(4)の箇所は原告の罪証隠滅行為につながつたり、あるいは逃亡に役立つたりするものではないし、紀律を害するおそれのあるものでもない。また本件図書の三七三頁には、「糧食については差入物に密入れさた物が発見された場合にも、それだけでその差入物自体の禁止又は差押はできないが、」の記載があるのに、これを抹消することもなく目録の(3)の箇所を抹消し、また三七六頁には、[銃砲刀剣類、麻薬、覚醒剤等」、三九〇頁には、「抗命、逃走、争論、毀棄、煙草所持、物品不正所持」の各記載があるのに、これらを抹消することなく目録の(2)及び(4)の箇所を抹消することは全く理由が明らかでなく、本件抹消処分は恣意的にされたものであるから、被告拘置所長がした本件抹消処分は、裁量権の範囲を逸脱したものであつて違法である。

3  原告は、本件抹消処分により思想及び表現の自由を侵害され、精神的苦痛を被つた。

4  被告拘置所長は、違法であることを知りながら本件抹消処分をしたものであり、右処分により原告の被つた損害は次のとおりである。

(一) 右精神的苦痛は計り知れないが、これを金銭に換算すれば五〇万円が相当である。

(二) 原告は、本件訴訟の提起をその訴訟代理人である弁護士尾崎純理らに依頼するにつき、弁護士費用として金一〇万円を支払うことを右代理人らとの間で契約した。

5  よつて、原告は、本件抹消処分の取消し並びに損害賠償金六〇万円及び内金五〇万円については違法行為の日である昭和五一年六月二九日から、内金一〇万円については訴状送達の日の翌日である同年九月一九日からいずれも支払済まで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  被告拘置所長の本案前の主張

被告拘置所長が本件図書について目録の(1)ないし(4)の箇所を抹消した行為は、以下述べるとおり抗告訴訟の対象となるべき処分には当たらないか、あるいは、処分に当たるとしても訴えの利益を欠くものというべきであるから、いずれにしても不適法な訴えとして却下を免れない。

1  被告拘置所長は、昭和五一年六月二九日訴外小田肇康から本件図書の差入れがあつたので、同書中閲読させることが不適法と判断された目録の(1)ないし(4)の箇所を抹消する方法により閲読を許可する旨決定し、翌三〇日原告にその旨を告知したが、原告は抹消に同意しなかつたので、これを交付せず領置した。

原告は、同年七月八日本件図書の交付を願い出たが、その際、本件図書のうち閲読に支障があると認められる部分の抹消に同意したので、被告拘置所長は本件図書について目録の(1)ないし(4)の箇所を抹消して原告に交付した。

2  本件図書について目録の(1)ないし(4)の箇所を抹消した行為はいわゆる処分性を有しない。

被告拘置所長が右の抹消をした行為自体は、本件図書の一部に対する閲読不許可処分の執行として行なわれた単なる抹消という事実行為に過ぎず、かつ、右抹消は前記のとおり原告の同意を得た上で行なわれたものであるから、直接原告の権利義務の形成ないしはその範囲の確定をもたらすべき権力的な行為ではあり得ず、取消訴訟の対象たる行政処分とみることはできないというべきである。

3  原告は、本件抹消行為の取消しを求めるにつき訴えの利益を有しない。

(一) 仮に、被告拘置所長がした抹消行為が行政処分に当たると認められる余地があるとしても、かかる処分は本件図書の一部を謄写用インクで抹消するという回復が不可能な形態的変化を起こす事実行為をもつて既にその執行を完了し、もつて処分の効果を全く果し終えているのである。そのため、右抹消処分を取り消すことによりその効力を遡及的に消滅させたとしても、それによつて原告が回復しうる法律上の利益はあり得ず、かかる場合においては原告が右処分の取消しを求める利益を欠くものといわざるを得ない。

(二) さらに、被告拘置所長は、同年九月一三日本件訴訟の原告代理人尾崎純理から原告に対し差し入れられた本件訴状(同訴状に添付の「抹消部分目録」を含む。)をすべて抹消することくなく原告に交付したから、原告が本件図書の抹消箇所の閲読ができなかつたという不利益は解消されるに至つたものであるゆえ、この点からしても現在では原告の本件抹消処分の取消しを求める利益は既に消滅したものというべきである。

三  請求の原因に対する被告らの認否

1  請求の原因1の事実は認める。

2  請求の原因2の冒頭の主張は争う。

同2の(一)のうち、原告が身柄の確保及び罪証隠滅行為の防止の目的で身柄を拘束されていることは認め、その余の主張については争う。

同2の(二)のうち、本件図書が監獄法及びその関係法令を解説した学術専門書であることは認め、その主張については争う。

3  請求の原因3の主張は争う。

4  請求の原因4の冒頭及び(一)の主張は争う。

同4の(二)の事実は否認する。

四  被告らの主張

1  被告拘置所長がした本件図書についての抹消行為は、以下に述べるとおり違憲違法なものではない。

(一) 原告は、いわゆる連合赤軍の最高幹部であり、右連合赤軍の構成員に対し、「総括」と称する自己変革を要求し、これができなかつたとして右構成員のうち一四名を殺害するなどして、殺人、同未遂、死体遺棄、強盗傷人、爆発物取締罰則違反等の罪名で起訴された刑事被告人で、昭和四八年九月二〇日から現在まで引き続き東京拘置所に勾留中の者である。

(二) 拘置所内における収容者の図書閲読については、監獄法第三一条の規定のほか、これをうけて監獄法施行規則第八六条第一項は、「文書図画ノ閲読ハ拘禁ノ目的ニテ反セズ且ツ監獄ノ紀律ニ害ナキモノニ限リ之ヲ許ス」と定めている。そして、「収容者に閲読させる図書、新聞紙等取扱規程」(昭和四一年一二月一三日法務大臣訓令矯正甲第一三〇七号。以下「取扱規程」という。)及びその運用通達である「収容者に閲読させる図書、新聞紙等取扱規程の運用について」(昭和四一年一二月二〇日矯正局長依命通達矯正甲第一三三〇号。以下「取扱規程の運用について」という。)においては、右法令に基づき、未決拘禁者の図書閲読について次のような具体的な判断基準を設けている。

すなわち、「取扱規程」第三条第一項においては、「未決拘禁者に閲読させる図書、新聞紙その他の文書図画は、次の各号に該当するものでなければならない。1罪証隠滅に資するおそれのないもの、2身柄の確保を阻害するおそれのないもの、3紀律を害するおそれのないもの」とされ、これをうけて「取扱規程の運用について」二の1においては、未決拘禁者に対する図書閲読の許否を審査する際の具体的留意事項を例示として掲げたうえ、「その閲読が、拘禁目的を害し、あるいは当該施設の正常な管理運営を阻害することとなる相当の蓋然性を有するものと認めるとき」は、かかる図書の「閲読を許さないこと」としている。

また図書等の一部に閲読を許さない記事がある場合の取扱いについて、「取扱規程」第三条第五項は、「前四項の規程により収容者に閲読させることのできない図書、新聞紙その他の文書図画であつても、所長において適当であると認めるときは、支障となる部分を抹消し、又は切り取つたうえ、その閲読を許すことができる。」と規定している。

(三) 本件図書は監獄法及びその関係法令を法理論的に解説するとともに、その運用の状況を明らかにした学術的専門書であるが、単なる法理論上の解説書にとどまらず、実務家の実務的参考書としての性格を合わせもつているものであるため、その内容中には収容者に閲読せしめることが不適当であると認められる部分が当然含まれているところ、目録の(1)ないし(4)の箇所は、監獄内における収容者間の不正交信や外部からの不正物品の差入れ等についての具体的手段並びにその発見方法等について触れたものであるため、収容者に対しかかる箇所の閲読を許すならば、不正交信及び不正物品等の入手等につき右記述方法をまねた紀律違反行為や、不正物品等の持込みの発覚を回避するような手段の考案を誘発し、監獄内の紀律を害するに至るおそれが強いことは明らかであるから、右の各箇所はそもそも収容者に対し閲読させることが不適当な箇所であるというべきである。

(四) 加えて、本件図書の差入れを受けた原告は、自己中心的で激情性が強い極めて闘争的、反権力的な性格の持主であり、そのため本件拘置所内における処置についての苦情が著しく多く、数多くの要求書を提出してそれが取り上げられないと職員に罵声を浴びせたり、裁判や医療処置に抗議してハンストを行ない、あわせて外部支援団体に訴えて執拗に抗議を繰り返す等、当時あらゆる手段をとつて東京拘置所長の規律を意図的に混乱させようとする言動が日常化していたものである。

(五) このような状況にあつた原告に対し、目録の(1)ないし(4)の箇所を閲読させるときは、そこに記述されている方法を直接に用い、或いは、それらにヒントを得て考案した何らかの新しい方法を用いることによつて東京拘置所内に収容されている他の公安事件関係者との不正連絡その他の反則事犯を実行するに至るおそれが充分あり、また拘置所内部における反則にとどまらず、拘置所から外部への不正物品の持出し、さらに外部から拘置所内への不正物品の持込み等にまで及ぶおそれが充分に考えられたところである。そこで、被告拘置所長は、本件図書について、目録の(1)ないし(4)の箇所は「取扱規程」第三条第一項各号のうち、第三号に該当せず、右の各箇所を原告に閲読させることは東京拘置所内の紀律を害し、その正常な管理運営を阻害することとなる相当の蓋然性を有するものと認められたので本件図書について目録の(1)ないし(4)の箇所を抹消して右図書を原告に交付したものであるから、右の抹消行為に違憲違法の点はない。

また、被告拘置所長のした本件抹消行為は、前記二の1で述べたとおり原告の同意に基づくものであるから、この点からいつても違法とされるものではない。

2  被告拘置所長は、本件図書の閲読の許可に際し、それが拘禁の目的に反するか否か、又は施設の紀律を害する相当の蓋然性があるか否か等について裁量の余地を有していたものというべきであるところ、前記1で述べた事情から判断するならば、本件図書について、目録の(1)ないし(4)の箇所の閲読を許さず、抹消をしたことについては、何ら裁量権の逸脱がない。

3  原告は、前記二の1で述べたとおり本件図書の抹消についてはあらかじめ同意していたものであるから、本件抹消行為によつて精神的苦痛はなかつたものである。

また、本件図書のうち、抹消にかかる箇所は、合計しても右図書全体の中の一ページにも満たないごくわずかの部分であり、また右箇所が抹消されたとしても、その具体的部分からみて当該箇所を含むページ全体の文意を読み取るためには何らの妨げにもならなかつたはずである。さらに、原告は本件抹消当時、右抹消にかかる箇所を特に閲読すべき必要を有していたものとは認められないのみならず、前記二の3(二)で述べたとおり、右抹消にかかる箇所については結局本件抹消の約二か月後に原告の閲読が可能となつているのである。以上の点からみて、本件抹消行為により原告が被つた不利益とは単なる心理的な不快感に過ぎないものというべきであり、原告に慰藉料請求権を発生せしめるほどの精神的苦痛があつたものと認めることはできない。

したがつて、原告の被告国に対する損害賠償請求は失当というべきである。

五  原告の反論

1  被告拘置所長の主張に対し

(1) 被告拘置所長がした図書の抹消行為は単なる事実行為ではなく、その事実行為中に同時に原告に対して同被告の決めた図書の閲読不許可を受忍すべき義務を賦課する同被告の意思決定が含まれている。

また、原告は昭和五一年七月八日本件図書について抹消に同意する書面に指印したが、これは右に同意しないかぎり本件図書については抹消されない部分も閲読が不可能という状況下にあつたので、やむを得ず、右書面に指印したものである。したがつて、右同意は本件図書のうち抹消されない部分の閲読を目的とする手段に過ぎず、真に被告拘置所長の本件抹消行為に同意したものではない。

したがつて、右抹消行為は、直接原告の義務の形成をもたらす権力的な行為であつて、取消訴訟の対象となる処分にあたるものである。

(二) 原告は、いわゆる連合赤軍事件の刑事被告人であり、この裁判は今後かなりの年月を要することが見込まれ、再度本件図書の差入れを受ける必要が生じることが当然予想されるところ、次回からも被告拘置所長によつて本訴と同様に一部抹消が繰り返される蓋然性が高い以上、このような事情の下においては、原告が本件抹消行為の取消しを訴求することにより、次回以降における被告拘置所長の本件図書についての抹消行為を阻止することが許されるべきであるから、原告は本件抹消行為の取消しを求めるにつき、訴えの利益を有するものである。

2  被告らの主張に対し

(一) 被告らの主張1の(一)のうち、原告が被告ら主張の罪名で起訴され、その主張のように勾留中の者であることは認め、その余は否認する。

(二) 被告らは、本件抹消処分の根拠として監獄法、同法施行規則のほか、訓令及び通達をあげているが、被告ら主張の訓令及び通達は昭和四八年一二月七日付け法務大臣訓令及び同日付け矯正局長通達をもつて一部改正が行なわれ、これにより従来紀律に害あるものとして不許可とされていた本件図書は何らの制約を受けることなく在監者に閲読が許されることになつたものであるから、本件抹消処分は不当・違法である。

(三) 目録の(1)の箇所について

原告は、本件抹消行為当時、他の公安事件関係者がどの舎房に拘禁されていたかも知らず、かつ、原告の舎房から「叩き、窓ごしの手紙の差し送り、排水管による交流」などをすることは舎房の構造上不可能であつたし、またその必要は全くなかつたものである。

目録の(2)の箇所について

検身の趣旨を原告が知つたからといつて、紀律違反とどう関連するのか不明である。

目録の(3)の箇所について

反則の手段、方法が具体的に記述されているわけではなく、原告は在監者であるから、差入人に密入を指示することも不可能であり、抹消されるべき理由がない。

目録の(4)の箇所について

いかなる紀律違反につながるのか明らかでない。不正物品の差入れの方法を原告が知つたとしても、在監中の原告には、そのような指示を外部の者にすることが不可能である。また食物の差入れは、指定業者を通してのみ差入れができるのであるから、右業者に依頼して不正物品を差し入れることは不可能である。

第三  証拠〈省略〉

理由

一まず、被告拘置所長に対する訴えの適否について判断する。

請求の原因1の事実は原告と被告拘置所長との間において争いがない。

原告の請求の趣旨第一項は、被告拘置所長が本件図書の一部を抹消した行為の取消しを求めるというのであり、字句の表現からすれば図書の抹消という事実行為の取消しを訴求するものとみられないでもないが、しかし右訴えは、被告拘置所長が原告に差し入れられた本件図書について、その一部の箇所を抹消してこれを原告に交付したことを違法として争うものであるから、原告は被告拘置所長がした右図書の抹消行為に先行して存する図書の一部についての閲読不許可処分の取消しを求めるものと解するのが相当である。

しかしながら、被告拘置所長が本件図書について原告主張の各箇所を抹消したことは前記のとおりであるところ、弁論の全趣旨によれば、右抹消は謄写用インクを使用して行なわれ、原状に復することができない状態にあることがうかがわれるから、たとえ前記不許可処分を取り消す判決がされても原状に回復することは不可能である以上、結局原告は右不許可処分の取消しを求める訴えの利益を有しないものというべきである。

原告は、この点につき、原告は刑事被告人として再度本件図書の差入れを受ける必要が生じることが予想され、本件抹消行為の取消しを訴求することにより、次回以降における被告拘置所長の本件図書についての抹消行為を阻止することができるから、被告拘置所長が本件図書の一部を謄写用インクで抹消したとしても、原告は、本件抹消行為の取消しを求めるにつき、訴えの利益を有する旨主張する。しかしながら、かりに本件抹消行為を取り消す判決がされても、右判決それ自体の効力として被告拘置所長が右判決以降原告に差入れられた本件図書について抹消行為(閲読不許可処分)をすることを阻止し得るものではないから、原告の右主張は失当である。

したがつて、原告の被告拘置所長に対する訴えは不適法であつて却下を免れない。

二次に、被告国に対する請求について判断する。

1  請求の原因1の事実は、原告と被告国との間においても争いがない。

2  そこで、被告拘置所長がした本件抹消処分の違憲・違法性の有無について判断する。

(一)  在監者の図書閲読について、監獄法第三一条第一項は、「在監者文書、図画ノ閲読ヲ請フトキハ之ヲ許ス」と定め、第二項は、「文書、図画ノ閲読ニ関スル制限ハ命令ヲ以テ之ヲ定ム」と規定し、これを受けて監獄法施行規則第八六条第一項は、「文書図画ノ閲読ハ拘禁ノ目的ニ反セズ且ツ監獄ノ紀律ニ害ナキモノニ限リ之ヲ許ス」と定めている。

ところで、在監者の図書閲読の自由は、憲法第一九条の保障する思想び良心の自由並びに同法第二一条の保障する表現の自由に含まれるものと解すべきであるから、最大限の尊重を必要とするものである。他方、未決拘禁は逃走または罪証隠滅の防止を目的として、被疑者又は被告人の居住を監獄内に限定するものであるところ、監獄内においては、多数の被拘禁者を収容し、これを集団として管理するにあたり、その秩序を維持し、正常な状態を保持するよう配慮する必要がある。このためには、被拘禁者の身体の自由を拘束するだけでなく、右の目的に照らし、必要な限度において被拘禁者のその他の自由に対し合理的制限を加えることもやむを得ないところである。そして、右の制限が必要かつ、合理的なものであるかどうかは、制限の必要性の程度と制限される基本的人権の内容、これに加えられる具体的制限の態様との較量のうえに立つて決せられるべきものというべきである(最高裁判所昭和四五年九月一六日大法廷判決、民集第二四巻第一〇号一四一〇頁)。

したがつて、在監者である刑事被告人の図書閲読については、その図書の内容、在監者の性格、精神状態、日常の行状、監獄の収容状況、戒護能力などの諸般の具体的事情を考慮したうえで、その閲読を許すことが拘禁の目的を害し、又は監獄内の紀律を害する相当程度の蓋然性があると認められる場合は閲読を制限しても、それは必要かつ、合理的な制限として憲法上も許されるものと解するのが妥当である。

(二)  そこで、これを本件についてみるに、本件図書が監獄法及びその関係法令を法理論的に解説するとともに、その運用の状況を明らかにした学術専門書であることは当裁判所に顕著な事実である。ところで、被告拘置所長がした本件抹消処分に係る目録の(1)ないし(4)の箇所は、いずれも監獄法規の条文についての一般的抽象的な解説ではなく、監獄におけるその運用の状況の具体的な記述、すなわち、右(1)の箇所は監獄内における収容者間の不正連絡の具体的手段方法についての記述であり、右(2)の箇所は、収容者が外部から逃走・暴行用具不正物品(たばこ等)を持ち込むときの発見方法についての記述であり、右(3)及び(4)の箇所は差入物への密入による不正差入れないしその具体的方法についての記述である。したがつて、一般的にいえば、これらの箇所は、いずれもこれを収容者に対し閲読を許すときは、収容者が右の方法を用い、又はこれに代わる方法を用いて監獄内における収容者間の不正交信又は不正物品の持込み・入手を行なうに至るおそれがあるものといわざるを得ない。

(三)  原告がいわゆる連合赤軍事件により殺人等の罰名で起訴され東京拘置所に拘留中の刑事被告人であることは当事者間に争いがなく、証人岡田陽之介の証言及び原告本人尋問の結果によると、次の事実を認めることができる。すなわち、

(1) 本件抹消処分当時、東京拘置所の収容者数は約二〇〇〇名であつたが、うち未決拘禁者は一五〇〇名前後であり、いわゆる連合赤軍事件及び連続企業爆破事件を含む公安事件の被告人は約一〇〇名が収容されていたこと、そうして、これら公安事件の被告人の中には監獄解体、犯罪者解放などを標傍する外部支援者の面会、文書又は拘置所周辺の宣伝カーによる呼びかけに相呼応して拘置所内でシユプレヒコールを行ない、これを制止した拘置所職員に対して暴行を加え、あるいはハンスト、点検拒否、器物の損壊などを行ない、さらに拘置所職員を名指しでひぼうするなど紀律を害する行為が多くみられたこと。

(2) 東京拘置所に収容中の原告は、本件抹消処分時において、同拘置所職員に暴行を加えたり、又は職員の制止に従わずに大声でわめいたりしたとしてすでに三回にわたつて懲罰に処せられたことがあつただけでなく、昭和五一年五月公判廷に出廷した際、相被告人の居房配置図を持ち帰つたり、拘置所内で職員の制止に従わないで大声を発したなどの紀律違反行為がみられたこと

以上の事実を認めることができ、原告本人尋問の結果中右(2)の認定に反する部分は採用しないし、他に右認定に反する証拠はない。

(四)  ところで、原告に対し本件図書のうち目録の(1)ないし(4)の箇所の閲読を許すことが監獄内の紀律を害する蓋然性があるかどうかの判断は、前述のとおり、当該箇所の内容、在監者である原告の性格、精神状態、日常の行状、監獄の収容状況、戒護能力などの諸般の具体的事情を総合した一面において専門的技術的な判断を基礎とする被告拘置所長の裁量によつて決定されるべきものであるところ、右(二)及び(三)で認定の事情の下においては、原告に関する限りにおいては、前記各箇所の閲読を原告に許すことは、監獄内の紀律を害するに至る相当程度の蓋然性があり得るものというべきであるから、被告拘置所長が原告に対し本件図書のうち、右の各箇所の閲読の許否にあたり、右各箇所は監獄の紀律を害するおそれのないものには該当しないとした判断には裁量権の濫用がありとすることはできない。

(五)  原告は、「取扱規程」(大臣訓令)及び「取扱規程の運用について」(通達)は、昭和四八年一二月七日に一部改正が行なわれ、従来不許可とされていた本件図書は何らの制約を受けることなく在監者に閲読が許可されることになつた旨主張する。成立に争いのない甲第一号証によれば、「取扱規程」及び「取扱規程の運用について」は、昭和四八年一二月七日付けの法務大臣訓令及び同日付けの法務省矯正局長通達により、それぞれ一部改正が行なわれたことを認めることができるところ、右の一部改正は、在監者に閲読させる図書の許否についていえば、従前の訓令及び通達に比し、右許否の判断基準をより明確化したものではあるけれども、在監者に対し具体的に本件図書の閲読を何らの制約なしに許可すべきことを定めたものではないし、また、右改正の趣旨から当然に一般的に在監者に対し右のような許可をなすべきこととなるものとは解されないから、原告の右主張は失当である。

次に、原告は、東京拘置所に拘禁中の原告にとつては、右のような不正連絡をすることは、舎房の構造上不可能であつたばかりでなく、その必要もなかつたものであり、また不正物品の差入れを指示することも不可能な状況にあつた旨主張するが、本件処分当時原告が右の不正連絡をし、又は不正物品の差入れを受けることが現実に可能であつたか否か、またその必要があつたかどうかは、前記(四)の結論を動かすに足りないもというべきである。

また原告は、本件図書中には、目録(1)ないし(4)の箇所のほかにも同じような記載の箇所があるのに、被告拘置所長はこれらについては抹消しなかつたのであり、本件抹消処分は恣意的にされたものである旨主張する。しかしながら目録の(1)ないし(4)の箇所が閲読を許すべきものでないと認められる以上、原告主張のような事実があることをもつて、本件抹消処分が直ちに違法となるものではないし、また、右事実だけで直ちに本件抹消処分が恣意的にされたものとすることもできない。

なお、弁論の全趣旨によれば、東京拘置所長は昭和五一年一〇月二日から同五二年四月一一日までの間、本件図書を何ら抹消することなく前後一三回にわたり在監中の刑事被告人に対し閲読を許可したことを認めることができるけれども、右閲読の許否については、前記のとおり諸般の具体的事情を考慮して決せられるべきものであるから、右のような事実もいまだ前記の結論を左右するに足りないものというべきである。

(六)  以上のとおりであるから被告拘置所長がした本件抹消処分は、原告に関し監獄内の紀律を害する相当程度の蓋然性があると認められる図書の閲読の制限として、必要かつ、合理的な制限といえるから、違憲であるということができないし、また裁量権濫用の違法もないというべきである。

3  そうすると、本件抹消処分の違法を前提とする原告の被告国に対する本訴請求は、その余の点について判断するまでもなく失当であり、棄却すべきものである。

三よつて、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法第七条、民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(藤田耕三 菅原晴郎 成瀬正己)

(別紙)目録

小野清一郎=朝倉京一共著「改訂監獄法」(昭和四九年九月三〇日有斐閣発行)のうち、左の『 』内の箇所。

(1) 一四一頁、一五―一六行目の

「構造上、『叩き、窓ごしの手紙の垂し送り、排水管による交流など意思の伝達が可能であるような』相隣接する居房への別異拘禁では無意味である。」

(2) 一四九頁、四―五行目の

「いわゆる「検身」であつて、『逃走・暴行用具(やすり、くぎ等)、不正物品(たばこ等)の持込等を発見する趣旨である。』」

(3) 三七三頁、九行目の

「差入物自体はもとより、在監者に与える目的をもつて『差入物に密入された』物の発見にも留意しなければならない」

(4) 三七三頁、一一行―一三行目の

「不正差入が逃走、罪証隠滅その他の刑務事故を誘発し、教唆し、又は幇助する例は少なくないのであつて、物および方法も多様であるから『(密書、金鋸、煙草、劇毒物、麻薬、下痢剤の注射薬その他の薬剤、方法も金鋸を書籍の背に、また劇毒物、禁止薬品類を菓子、パン等差入食物に挿入するものなど)』、検査には専門的な知識と要領を必要とする。」

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